OLから女優に転身で壁超え! chapter4
<仕事編>
第二回
チャンスの神様の前髪をつかんだ日
大物俳優の弟子になる。
11月の初旬、麻世は意を決し、係長に辞表を出した。女優になる夢も話した。
係長は呆然と麻世を見つめる。
「君、バカなことを言っちゃだめだよ。辞めるなんてもったいない」
その夜、母から電話があった。
「係長さんから電話があったわよ、お母さんから考え直すように言ってくださいって。
でも『あの子は一度言い出したら聞かないから』って言っといたわ」
母の言うとおりだった。
その時、麻世には、誰の言葉にも惑わされない強いものがみなぎっていた。
決めたら即、実行だ。
11/30に百貨店を退社。
12/1に上京。
12/2には北海道へ飛んでいた。
Sが主役の大作映画の撮影のためだった。
付き人としての新たな人生の始まりだった。
Sはそれまで、付き人をとったことがなかった。
しかし、極寒の北海道での撮影は過酷だ。
雑事や世話をお願いできる人がいないものか?
そんなとき、現れた麻世は、格好の人材だったのだろう。
Sが会う約束の日を一日勘違いしたのも、運命の悪戯かもしれない。
「最初の約束の日に会っていたら、社交辞令の上っ面な話で終わっていた気がします」
と麻世は振り返る。
こうして麻世は、チャンスの神様の前髪をつかんだ。
では、なぜつかめたのか?
それは、単純なこと。
「行動したから」と麻世は後に語っている。
叶えたい夢や目標が見つかったら、どんどん人に話す。
情報収集する。
こうなりたいと思う人の本を読んだり話を聞く(講演を聞く)。
そして、チャンスがやって来たら、ぐずぐず迷わずすぐに手を伸ばす。
チャンスの神様には前髪しかない。
一瞬のうちに通り過ぎてしまう。
その時、いざつかもうとしてももう間に合わない。
後ろ髪がないから、するりと抜けていってしまう。
そして、何よりもハードルを自分で高くしないこと。
きっと叶わないだろう、頑張ってはみるけど難しいだろう。
そんな風に自分でハードルを上げては、夢は叶わない。
麻世は、Sの付き人を数年務めた後、劇団「テアトルエコー」に入団。
演技、ダンス、発声などを2年間学んだ。
そして、NHKプロモーションの俳優マネージメント部門「アクターズゼミナール」の門をくぐった。
麻世にとって、過酷な試練が待ち構えていることも知らずに。
アクターズゼミナールとは、俳優の卵たちがNHKのディレクターに芝居を見せて、役をつかんでいくという部門だ。
そこでの俳優訓練は、感情を隠さず表に出しきることだった。
これが、麻世には大きな壁だった。
なぜならそれまで麻世は、喜怒哀楽を出さない人間、泣かない女だったから。
思えば、母に心配をかけたくないあまりに、幼いころから強い自分を演じていたのかもしれない。
優等生で完璧な子ども。
「しっかりしているね」と大人たちから言われ続けてきた。
そういう自分を誇りにさえ思っていた。
なのに、感情を思いっきり出せ?
そんなものは自分にないとさえ思っていたのに。
この時、麻世は初めて気付いた。
これまで本当の自分を隠して、ペルソナの人生を歩んできたことに。
仮面を外し、抹消していた本当の自分を人前にさらけ出す。
本当の自分は、どうしようもなく不完全で弱い自分。
欠点だらけの自分に眼をそらさず、向き合う作業。
辛かった。
演出家から評価された演技も、テレビで観るとなんて下手なんだろう、と自己嫌悪に陥った。
芝居仲間とお酒を飲むと、「私なんか誰も求めてない!」と泣き叫ぶ。
麻世は考えた。
「なぜ、私は女優を目指したのだろうか?」
そんな疑問への答えが出たのは、訓練が始まって1年もたったころだった。
すべてのパズルが埋まったかのように。
考えてみると、潜在意識には、こんな思いが眠っていたのかもしれない。
「私は、父にずっと存在を否定されてきた」、
「私は生きていてよいのか?」
「私が生まれていなかったら、母にはもっと別の人生があったかもしれない」
父に望まれなかった私、母の人生の邪魔をしてしまった自分を、無意識に否定し抹消しようとしていた。
反面、父に肯定されたい、オンリーワンの存在になりたい、ともがいていた。
仮面を外し、弱い自分、欠点だらけの自分をさらけ出し、自分を解放してやりたかった。
本当の自分を生きたかったのだ。
仕事とは、自分を変えるために、成長させるために、本当の自分を生きるために、
無意識に選んでいるものなのかもしれない。
麻世は過酷な訓練を終え、ペルソナから解放。
そして、役者に必要なリアルな感情表現は、過去の父に抱いた想いを思い出せば、自然と演じることができるようになった。
深く傷ついたことがない、心から悲しい思いをしたことがないからわからない。
そんな役者仲間を見ると、私の家族との経験は何も無駄ではなかったことにも気づいた。
順調に、ドラマの役をつかみ、大河ドラマ、時代劇、朝ドラなど次々と出演を果たした。
女優になるという夢を現実のものにしたのだ。
続く
コメントを残す